「エスキャリア®」女性の転職支援(人材紹介)・キャリアカウンセリング

明日死んでも後悔しない生き方を。ネガティブな経験をポジティブに変える挑戦。

エスキャリアで法人への企画営業とプロジェクトマネジメントを担う森田さん。自分自身の挫折と家族の死を通して決意した、まだ始まったばかりの挑戦とは。お話を伺いました。

父の転勤による長めの海外生活

東京で生まれました。父は商社で働いており、父の転勤で1歳から5歳までは韓国で過ごしました。

その後、日本で2年ほど過ごし、小学2年生の頃、また転勤でアメリカのテキサス州に行くことになりました。現地校に入ったばかりの頃は、英語も話せず、学校に行くのが嫌で、渋々通っていました。英語に慣れてからは、もともと真面目なタイプなので、頑張っていたと思います。先生からもプラスの評価をいただいていました。周りを巻き込んだり盛り上げたりするタイプというよりは、現地の子と1対1で遊ぶことが多かったです。

現地の中学校に進んでからは、毎日吹奏楽でフルートに打ち込みました。他に好きだったのはファッション関係です。6つ上の姉の持っている雑誌をこっそり読んでいましたね。

中学1年生の夏に帰国しました。帰国後すぐに編入試験を受け、親の希望の大学附属中学に入りました。中学では姉がやっていて憧れていたバレーボール部に入りたかったのですが、経験もなく編入だったので諦めました。テニス部に入りましたが、部活中心の生活というわけではなく、正直遊びがメインの中学生活でした。

高校に入ってバレーボール部に入りました。練習はすごく大変でしたが、楽しかったですね。高校生活はバレー漬けの日々を過ごしました。

高校2年の終わり頃、周りも受験を考え出し、私も進路について考え始めました。ビジネスやマーケティングに興味があったため、無難に経営を学べたら良いなと考えていました。受験を考えていた大学に、留学必須の国際教養学部が新設されることを受験勉強中に知りました。留学で人として成長できるだろうし、英語もブラッシュアップできる、と考えて受験。無事合格しました。

留学先でカメラにハマり、カメラメーカーへ

大学入学後はアルバイトをしたり、サークルで少しだけダンスをかじったり、友達と遊んだりして楽しみました。

2年生の秋から約1年間、カナダに留学しました。海外での生活には慣れていましたが、1人暮らしは初めてでした。初めは英語の感覚も戻っておらず、何もかも一人で対応しなくてはいけないことに不安を覚えましたが、暫く経つと英語も元通りに話せるようになり、大きな不自由なく生活できるようになりました。

留学していた頃の寮の部屋は、11階にありました。窓が大きな部屋でそこから見える空がとても綺麗だったんです。初めての留学、初めての一人暮らしで不安な日々でしたが、部屋から見える空を見て、感動したと同時にほっとしました。その気持ちを写真に残しておきたいなと、留学前に買ったデジタルカメラで写真を撮るようになりました。それからカメラに興味を持つようになり、カメラが好きな友人とよく写真を撮りに散歩に出掛けていました。帰国後、デジタルカメラだけにとどまらずフィルムカメラにも手を出したくらい、はまりましたね。

就職活動では、メーカーを中心に探しました。自分が思い入れを持てるものを扱っている企業に行きたいと考えていました。わかりやすいし、私がやったものはこれだと言える、かたちのあるものが良かったんです。好きなラグジュアリーブランドやカメラメーカーを受け、カメラメーカーに就職しました。

入社したカメラメーカーは、本当に良い人ばかりでした。初任配置は希望通りマーケティングの部署でした。仕事は楽しかったです。最初の2年は雑務も多かったですが、嫌にはならなかったですね。

3年目、カメラのケースやストラップ、外付けストロボなどのアクセサリーの商品企画の部署に異動しました。私と言えばアクセサリー、と言ってもらえるくらい、がっつり任せてもらえて、とても楽しかったです。

デジタルカメラの専門知識ではベテランの方々には劣ってしまうけど、アクセサリーはむしろベテランでない自分だからこそ提案できることがあると感じました。また、ケースやストラップには自分のファッション好きなところも活かせるのではないかと思い、アクセサリーは自分だからこその価値が出せるものなんじゃないかと思えました。

上司や他部署からもお褒めの言葉をいただくことも多く、評価されていたと思います。アクセサリーは周辺機器ということもあり、他部署の人に後まわしにされてしまうことはありましたが、何でも前向きに捉えるようにしていました。

楽しかった仕事から離れ、心の不調に悩む日々

商品企画を初めて1年半経った頃、異動になりました。アクセサリーの商品企画の仕事が大好きだったので、ショックでしたね。開示された時は泣きました。ジョブローテーションの一環なのですが、楽しかった仕事を外された感じがして「仕事を評価されていなかったのでは?」とマイナス思考になりました。

異動先はマーケティング部のカスタマーサポート課で、各国のカスタマーサポートの内容の協議・対応をしていました。自分だからこその価値を出せる面を見出だせなくなってしまい、そのうち寝つけなくなりました。弱いところは出してはいけないと思っていましたが、元気そうに振る舞うことに疲れてしまいました。異動して2ヶ月経った頃から休みがちになり、メンタル不調で休職することになりました。

休職中、例えば「気持ちの持ちよう」という言葉を聞くなど「メンタルヘルスって一般的にあまり理解されていないんだな」と感じることが多くあったんです。そこから、人事でメンタルヘルスに関わる仕事をしたいと思うようになりました。

休職中は通常の通院に加え、認知行動療法のグループカウンセリングにも通いました。この認知行動療法に通ったことで、自分の感情に冷静に向き合い分析することができるようになりました。治療を続けていき、徐々に体調も安定していきました。でも、どのタイミングで復職すべきか、それとも退職すべきか、悩みました。転職活動も考えましたが、上手くいきませんでした。

休職してしばらく経った頃、部長から「別の仕事で復帰してみないか」と声をかけていただき復職しました。カスタマーサポートと同じ部署の別チームで、今度は一般消費者ではなく、プロカメラマンへのサポートに関する戦略立案などを担当しました。

周りの人は良い人ばかりでしたし、楽しかったです。でもずっと、もやもやするものが残っていました。復職して4ヶ月ほど過ぎた時、部長に相談し、人事に異動できないか確認しましたが、すぐには異動は難しいと言われました。

人事への異動希望を受けて、その後事業部内の管理部署に異動させていただきましたが、また体調が不安定になり、辞めようと決意しました。

父の死を経て決意したキャリアチェンジ

28歳で退職し、転職活動を始めました。前職でやりがいを感じていたプロジェクトマネジメントをできる仕事を探し、1ヶ月後には不動産ベンチャーに入社が決まりました。人材紹介事業を立ち上げるという求人が出ていたため、「人材関係の仕事ができるかも?」と応募したんです。ただ未経験のため、まずは他の仕事で良ければ、ということで採用してもらいました。

入社してみると、職場で理不尽なことが多く、耐えられず早々に辞めてしまいました。「そんなに早く辞めるなんて」と自分の中で葛藤もありましたが、「仕切り直そう!」と思い、退職しました。

ちょうど姉の出産の時期だったので、家族のサポートをしながら今後のことを考えました。2ヶ月ほど経ってから転職活動を再開し、見本市の企画運営会社に入社が決まりました。

ところが、入社1週間前、父が急死したんです。二度目のアメリカ赴任からやっと母と帰国して、父自身も定年退職したので、これから家族でゆっくり一緒に過ごせると思っていた矢先でした。2日間家族で温泉旅行に行った翌日でした。あまりに突然のことで、不思議な感覚でした。我が家は本当に家族仲が良かったので、尚更でした。自分自身ももちろん辛かったですが、母が苦しんでいるのを見るのが何よりも辛かったです。

入社を延ばしていただいたのち、仕事を始めました。仕事は楽しかったですし、プロジェクトマネジメントにも携われ、自分にも合っているなと感じていました。でも、29歳で父を亡くし、「明日死んでも後悔しない生き方をしたい」と思ったんです。「人材関係という本当にやりたいことがあるのに、人事経験がないからとこれまで諦めてきたけど、本当にそれで良いの?後悔しない?」という想いが徐々に大きくなり、「やっぱり挑戦してみたい!」と改めて人材関係に挑戦する決意をしました。入社してからまだ半年でしたが退職を決めました。

その後英語力を活かして業務委託で翻訳の仕事をしながら、半年ほど転職活動をしました。

検索エンジンでキャリア支援について調べていると、株式会社エスキャリアにヒットしました。「ここだ!」という直感がありました。人材領域の支援をしている会社だということもありますし、父が亡くなったことで後悔しない生き方をしたいと思っていたので、自分らしい生き方を提案しているエスキャリアに共感しました。また、心が不安定になった時期があることから、同じような女性の心のサポートをしたいと考えており、ライフイベントを通した女性支援をしているところにも惹かれました。まだ人材募集もしていませんでしたが、思い切ってメールをしてみました。その後選考を経て、念願の人材業界で働くことになりました。

明日死んでも後悔しない生き方を

現在、エスキャリアでは、法人への企画営業と受注案件の設計、プロジェクトマネジメントを中心に担当しています。営業の経験がない中で企画営業を担当しており、時々向いているのか不安になることはあります。でも、エスキャリアはその人らしさを伸ばすことを後押ししてくれるので、自分の丁寧に仕事を進めるという強みを活かし、不得意なところは他のメンバーに補ってもらいながら、自分らしく仕事をさせてもらっています。

エスキャリアは社風も良く、メンバーも話しやすい人ばかりです。自分で働き方を調整できるのもありがたいと思っています。家族との時間も調整して作ることができ、以前よりも家族を大切にできていると感じています。

ゆくゆくは、やはりメンタルヘルス関係の仕事をしていきたいです。心のケア、マインド面でのサポートを極めていきたい。自分自身が経験したからこそ、わかることもあると思っています。ネガティブな経験をそのまま残しているのはもったいないし悔しいので(笑)、その経験をプラスに変えて活かしていきたいと考えています。

自分と家族と仕事を大切にしながら、自分らしい生き方、明日死んでも後悔しない生き方をしていきたいと思っています。


森田 菜々 さん
30代前半 / 株式会社エスキャリア 勤務

大学卒業後、カメラメーカーへ入社。商品企画、事業企画、マーケティング、カスタマーサポートなどに幅広く携わる。その後2社経験、フリーランスを経て、2017年より株式会社エスキャリアへ入社。法人企画営業・案件設計・プロジェクトマネージャーを務め、フリーランスのキャリアコンサルタントへの柔軟な働き方の創出に携わっている。

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