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二人姉弟の長女として、神奈川県で生まれました。
小学校の教員をしていた父の仕事の関係で、4歳からの3年間をブラジルで過ごしました。日本人が通う幼稚園で過ごしたので、ポルトガル語では、数字を数えられる程度でした。サンバダンスの影響で、にぎやかな雰囲気が好きでしたね。
小学校入学のタイミングで帰国しました。物分かりの良い、優等生タイプでした。長女であり、幼心に教育者である父の顔に泥を塗ってはいけないという思いがありました。
地元の中学校に進みましたが、県内でも荒れていることで有名な学校でした。家庭環境が複雑な子どもが多く、授業を聞けない子がほとんどでした。正義感がとても強かったので、ある時いじめの仲裁に入ったことをきっかけに、私の言動を面白くないと思ったいじめの加害者から嫌がらせを受けるようになり、学校生活が一変してしまいました。
友達だと思っていた子たちからも、悪口を言われたり、避けられたりするようになりました。学校に行きたくない!と思いましたが、両親を心配させたくなかったことや、教員の娘が不登校だと思われたくないという世間体を考えて、我慢して登校しました。そんな中でも助けてくれる先生や友達の協力を得ながら、3年間を何とか乗り越えました。
とても辛い学校生活でしたが、度胸・忍耐力がついたことと、彼らのおかげで勉強を頑張ることができたので、有り難いと思いました。
地元から少し離れた公立高校に進学することができ、心機一転、スタートしました。周囲の人たちは真面目で思いやりがあり、中学の時とは180度変わりました。ファーストフード店でのアルバイトも始め、自由で楽しい学校生活でした。
ここでふと疑問に思ったんです。同じ年に生まれた子たちなのに、中学の同級生と、今ここにいる高校の同級生には、なぜここまで差ができたのだろう、と。生まれた時は性善説に基づいていて、みな同じはず。その後の家庭環境や、コミュニケーションなどが影響して、人生が分かれていく、ということに興味を持ったんですね。
担任の先生から、「あなたは真っ直ぐすぎるから、別の視点からもアプローチをしないと、相手の心は動かせないよ」と言われたこともあり、コミュニケーションは好きだけど、得意ではないのだ、ということを自覚しました。
それならば、コミュニケーションが得意になれるような勉強をしよう!と思い、コミュニケーション学が専攻できる大学を選びました。
昔、祖母が入学したかったと言っていた女子大に、コミュニケーション学部が新設されたと聞いてご縁を感じ、その一校のみを受験して合格、進学しました。
希望して入学したのですが、蓋を開けてみたら、勉強熱心でない人や、出席カードだけを頼んでくる人がいることに戸惑いました。第一志望の大学に落ちて入学した人たち、遊びたくて入学した人たちが多いように見えたのです。
そんな大学の雰囲気に馴染むことができずに、最初の2年はもやもやしましたが、私はコミュニケーション学を学ぶために入学したのだから、周囲の人たちのことは関係ない、と気持ちを切り替えました。
気持ちの切り替えが功を奏してか、後半2年はゼミのメンバーにも恵まれて、楽しく過ごすことができました。
高校から続けていたファーストフード店でのアルバイトを、毎日早朝に入り、放課後は書店でのアルバイトに勤しみました。忙しい方が自分が必要とされていると感じ、安心できたんですよね。ファーストフード店では、アルバイトとして最高レベルのマネジャーになり、毎日お店のことばかり考えていました。
就職活動は氷河期でしたが、人に関する勉強をしてきたので、人材業界一本で活動しました。同期の中で一つ頭を抜きん出るためには、相当な努力が必要だと思ったため、大手企業や知名度のある会社に興味はなく、ベンチャー企業の中でも100人規模の会社を中心に選考を受けていました。
最終選考に進んだ会社は何社かありましたが、一番最初に内定した管理部門特化型の人材紹介会社に入社を決めました。
入社後、自ら希望して、リクルーティングアドバイザーという法人営業部に配属されました。が、しばらくは受注できませんでした。ファーストフード店でのアルバイトの経験から、自分は仕事ができる、という変な自信がありました。同期の二人がどんどん受注していく中で、半年間1件も受注ができず、「あいつを採用したのは誰だ?」とまで社内で言われるようになり、ひどく落ち込みました。
働く目的を見失いかけていた1年目の秋頃、ついに上司に「この仕事を辞めます」と伝えました。そんな私に対して上司は、「できないことから逃げているだけに見えるが、それでいいのか」と聞きました。学生時代に心理学を専攻していた上司は、私に刺さる言葉を的確にかけてくれ、負けず嫌いの私にはとても響きました。
「それは嫌です。悔しいです。」と答えた私に対して、上司は「じゃあ、もう少し頑張ってみようよ。でも営業の仕事が辛いというのは傍目から見ていてもよくわかったから、別の部署に異動してみないか?」と言ってくれました。
負けず嫌いな自分としては、営業として実績を出せなかったことが悔しかったので、1年間は営業として頑張ろうと決め、次年度にキャリアアドバイザー職に職種転換をしました。
キャリアアドバイザーとして、様々な年齢や職種の求職者の方の人生観を聞けることが、とても楽しかったです。
文章を書くことが得意で、求職者の方の特徴や方向性などを端的にまとめることができ、社内でも、面談でのヒアリング内容をまとめた文章がわかりやすいと言われるようになりました。
好きと得意が成果につながり、求職者の志望する会社への入社決定が続き、売れに売れるようになりました。
3年目に入る頃には、10カ月以上連続目標達成をし、社長や役員から「君はキャリアアドバイザーという仕事が天職だ」とまで言われるようになりました。やっと、仕事で価値を提供できるようになったと実感できたことで、とにかく仕事が楽しく、1日最大で8名の面談を行い、ひと月で4〜6件の受注をし、喜んで土日出勤をしていました。少し高い目標に向けて、壁の乗り越え方を考えることがとても面白かったです。
一方で、これといった工夫や努力をしなくても、結果が出るようになってしまっていました。同期からは羨ましがられましたが、自分には刺激がなく、つまらない日々となっていきました。周囲の人にも仕事にも恵まれたとても良い環境にいるけれど、このままだと自分の成長は止まる。もっと壁を高くしていきたいと強く思いました。
ちょうどその頃、人事領域の求職者の方を担当することになり、ある会社の人事部長の方が、ご自身の仕事についてとても楽しそうに話している姿を見て、「あんな風になりたい」と思うようになりました。人材紹介が求職者に支援できることには限界がありますが、企業の人事側にいたら、できることは沢山あるのではないかと思ったんです。入社3年目、ここから人事としてキャリアチェンジをしようと決め、転職活動をはじめました。
停滞を感じない、変化の激しい業界に行きたいと思って活動していたところ、登録していた人材紹介会社の方から、私と合っているのでは、という強い勧めで、マーケティングリサーチ会社の一次面接を受けることになりました。マーケティングやリサーチという言葉ですらよくわかりませんでしたが、面接で一瞬にしてその会社に惹かれました。
面接官だった人事マネジャーは、話の引き出しが多くてとても面白かったことに加え、私という人間を、志向性、価値観などを含めて、短時間でピタッと当ててきたのです。面接後に、こんな人事になりたいな、と思っていたところ、一週間後に最終面接の機会をもらうことができました。
社員が仕事に真摯に向き合っていて、消費者という人の気持ちに興味を持つ人々が集まるところに魅力を感じました。加えて、役員が社員一人ひとりの評価や人間性まで把握している心意気にも惚れて、入社を決めました。
入社後、新卒採用業務を担当することになりました。学生たちの人生観に向き合い、人生の分岐点に立ち、今後どんなキャリアを積んでいくのが彼らにとって幸せなのか、考えていくことにやりがいを感じるようになりました。
入社して1年経った社内面談の際、仕事から離れてやりたいことはないか、と問われた時に、人の話を聞くカウンセラー業が好きだったことがよみがえりました。できれば今後、社内でもカウンセリングができたら良いなと思い、土日にキャリアカウンセラーの資格を取得するための講座へ通い、合格することができました。
会社の規則では副業が可能なので、社外でキャリアカウンセラーの資格を活用できる場面を探していたところ、ネット検索でエスキャリアさんにたどり着きました。オンラインで面談をしていただけるフレキシブルさ、副業でも両立が可能なチャットカウンセリングに魅力を感じ、パートナーとして登録させていただき、チャットカウンセリングのお仕事ができることになりました。
現在も、マーケティングリサーチ会社にて、新卒採用業務を担当しています。面接から関わった学生が入社後に活躍し、多くの社員の前で表彰されている姿を見ると、まるで母親のように嬉しく、感動してしまいます。
自信を持って社員が優秀だと言えます。自分とは違う視点からのアドバイスをもらうことが多く、日々気付きの連続であり、自分の課題が見つかる有り難い場所です。これからも、この環境に身を置き続けていきたいと思います。
エスキャリアでも引き続き、キャリアカウンセラーとしてチャットカウンセリングを担当しています。チャットカウンセリングは文面でのやりとりであり、自分の都合の良い時間に対応ができるので、片道1時間半の通勤時間を有効に使うことができ、とても有り難いです。
2歳になる息子の母親でもあり、育児と家庭の両立は、大変ではありますが、両方とも諦めたくありません。子どもがいるから仕事ができない、仕事があるから育児ができないという考え方はしたくないのです。どちらかに100%の力を出すのではなく、合わせて100%くらいの、前向きな中途半端さを持ち続けながら、働く母親を続けていきたいですね。
子どもから、「働いているかあちゃん、カッコいいね!」と言われたいです。頼られることが好きなので、子どもからも、クライアントからも、「この人なら何でも話せる、頼ってみようかな」と思ってもらえる、安全基地のような存在でありたいと思います。
大学卒業後、管理部門特化型の人材紹介会社に入社。リクルーティングアドバイザーとキャリアアドバイザーの両職種を経験。3年間勤務した後、マーケティングリサーチ会社の人事職として転職。現在は、同社にて新卒採用に従事しながら、副業としてエスキャリアのチャットカウンセラーとしても活動中。
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