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富山県で二人姉妹の次女として生まれました。代々自営業を営む一家で、両親も飲食店を経営しており、お店と自宅が近く、よく行き来していました。保育園のあともお店に連れて行かれ、閉店までお店の奥で遊んだり、食事をしたりする生活をしていました。常に周りには両親の友人やお店の従業員の方がいて、たくさんの大人に育ててもらいました。
家族は皆常に忙しく、仕事が生活のど真ん中にありました。そのため、家族と遊びに行く機会も少なく、寂しく感じたり、「(店名)さんちの聖子ちゃん」と呼ばれ恥ずかしく感じたりすることもありました。一方、「聖子ちゃん可愛いね」「こんなことができるなんて凄いね」とお店に関わる大人たちに褒めてもらえるのはとても嬉しかったです。できないことができるようになると大げさなくらい褒めてもらえたので、1番になりたい、という負けず嫌い精神も芽生えました。
地元の小学校に進学すると、両親がバスケットボールに関わっていた影響で、4年生からバスケットボールを始めました。負けず嫌いな性格から、もっとうまくなりたいとバスケットボールにのめりこみました。
中学校進学後は、さらにバスケットボールに熱中し、富山県代表にも選ばれました。自らの背中で周りを鼓舞し引っ張っていくタイプで、中学校の部活動でも県代表としてもキャプテンを務めました。チームの仲間にも周囲の方々にも恵まれたおかげで、県代表としてだけでなく、部活動のチームとしても全国大会に行くことができました。部活動を引退後は、将来の選択肢がスポーツだけに偏らないよう必死で受験勉強をし、県内一の進学校に合格しました。
高校入学後も選んだのはバスケットボール部でした。進学校なので、中学校の時ほど厳しくはなく、強いチームではなかったのですが、中学からのバスケットボール経験者が集まり、楽しく部活動をしていました。
そんな中、高校2年生の時に、ある一人の転校生が入部してきました。彼女が入部したことで新たな刺激にもなり、また彼女が細やかにチームメンバーのことをフォローしてくれるようにもなりました。その結果、お互いに切磋琢磨しあうチームとしての結束力が強まり、県大会ベスト4まで行くことができました。部活動を引退後、将来やりたいことは決まっていなかったですが、猛勉強し、国立大学の法学部に進学しました。
大学に進学後もバスケットボール同好会に入り、バスケットボールに明け暮れる日々でした。あっという間に就活の時期になったものの、将来像は描けておらず、まずは様々な業界の説明会・インターンに参加してみることにしました。
改めて『働く』ということを考えたときに、仕事が生活のど真ん中にある両親の姿を身近で見てきたので、『仕事』は人にとって大きいものだと思いました。また両親のように、「誇れる仕事がしたい、誇れるぐらいに一流に極めたと思える仕事のある人生を歩みたい」とも考えるようになりました。
そこで、人の仕事人生に関わることができ、極めたいと自分自身も思える業種とは何かと考えたとき、職場の組織課題を解決していく人材業界に興味がわきました。
人が加わることは組織もガラッと変えるほど影響の大きいことだと、それまでの部活動等での経験から実感していたので、人材業界の中でも、人材紹介によって組織にインパクトを与えることがしたいと考えました。インターンを受けたことをきっかけにご縁をいただき、大手人材紹介会社に就職を決めました。
入社1年目は新卒採用チームに配属されました。採用目標達成に向けて全国の大学を回ったり、内定者の懇親会を企画したりしました。人にとって大事な、しかも初めての『仕事』を決める、まさにその瞬間に立ち会えていることのやりがいがあり、とても充実していました。
その後、営業職への異動になりました。新卒採用も営業も、とにかく忙しかったです。それでも、仕事とプライベートの境目を意識しなくなるほど、仲間と楽しみながら仕事していました。
入社から1年ほど経ち、仕事にも慣れてきた頃、仕事以外の活動に興味がわきました。同期が所属していた海外の孤児を支援するNPO団体を通じて、チャリティイベントの手伝いなどをさせてもらうようになりました。
入社3年目の頃、手伝いをしていたチャリティイベントにおいて、本格的に事務局の一員として企画運営に携わることになりました。部活動みたいな感じでとても楽しかったです。活動を通して、人のことを想い、人のために汗をかくことで得られる清々しさや心地よさ、感動を味わうことができました。
さらに、「表現活動によって、輝く大人が増え、多様な価値観を認めあえる社会の実現を目指す」というNPO団体を通じ、100日間で素人100人がミュージカルを作るという活動にも参加しました。この活動では大役を任され苦悩もしましたが、自分や周囲と向き合い、皆で一つのものを作り上げることの難しさ・やりがいを感じることができ、新たな感動を得ました。
どちらの活動も、メンバーがそれぞれの仕事や暮らしで得た経験・専門的スキルを持ち合い成果をあげていくのを間近に見ることができ、大きな刺激を受けました。一方で、同じような感動を仕事では味わえていないことに気づいたんです。
また、仕事を通して培った行動力やコミュニケーション能力には自信がありましたが、自分が高い価値を提供できるだけの経験や専門的スキルを仕事上で身に付けられていないようにも感じました。私も、何か理論や知識に基づいた価値を提供できる人間になりたいという思いが強くなりました。
そこで、仕事で医療系の企業を担当していたこともあり、文系でもなれる理系専門職を目指そうと、治験を行うCROの会社に転職しました。治験のデータを集めるプロジェクトマネジメント業務を通じて、やりがいを感じていましたが、理系出身の専門的知識をもつ人が多い中、この世界を極めることに限界を感じるようになりました。
原点に返り、”仕事に携わる仕事”がしたいと、同じ業界の人事職に転職し、新卒採用を担当しました。「ここからまた新たにキャリアを積み上げていこう」と意気込んでいましたが、入社して1年ほどで総務に異動することになりました。総務の仕事を極めたいと思っていたわけではなかったので、これからのキャリアをどうしていくべきか悶々としていました。
時間もエネルギーも有り余っていたことに加え、何か自分に専門性を身に着ける打開策を模索した結果、以前から取得したいと思っていたキャリアコンサルタントの資格を取得しました。資格を取得したこと以上に、取得のための勉強によって、実務に役立つ知識が新たに吸収できたことが満足感を得ることに繋がりました。
同じ頃、結婚を決めました。キャリアを戦略的に築き上げていく意識をもつ夫に刺激を受け、学習意欲がさらに加速しました。今後も人事領域でキャリアを積みたいと思っていたので、人事としてのキャリア形成にプラスになる社会保険労務士の資格を取ろうと思い立ち、取得に向けて勉強を始めました。
キャリアコンサルタントよりもはるかに取得が難しく、仕事と両立しながら取得を目指すのは大変でしたが、その分のやりがいと、学生時代の部活動や受験勉強のような高揚感があり、楽しかったです。
初受験で無事合格できたため、人事・労務の分野での実務経験を積もうと思い、医師向けコミュニティサイトの運営会社に労務担当として転職しました。未経験でも採用していただけたことがとても嬉しかったです。
現在、採用以外の人事業務を一手に引き受け、加えて多くの総務業務を担当しています。
日々忙殺されることも多いですが、未経験で入社し1年も経たないにもかかわらず、様々なことを任せてもらえており、会社経営における重要な部分を担えている実感があります。また、「何か理論や知識に基づいた価値を提供できる人間になりたい」という思いが今少し実現しかけてきているのが、何よりの満足感・充実感に繋がっている気がします。そのような恵まれた環境に身を置くことができていることに大変感謝しています。
人事として社員と面談する際には、キャリアコンサルタントの資格や、20代後半にキャリアに悩み紆余曲折した経験がある私だからこそ、提供できる価値もあると思っています。
今でも、今後のキャリアについてはまだ明確に定めている訳ではないですが、ライフイベントを迎えたとしても胸を張って復帰できるよう、今の環境で一定の成果を出し、自信を持って人事業務を担えるまで頑張りたいです。
人材紹介会社時代の先輩であるエスキャリアの土屋さんより、エスキャリアの事業や理念のことを伺い、大変素晴らしいと感じています。キャリアコンサルタント・社会保険労務士の資格や人事での経験も生かし続けられるよう、今後何かの機会に協働していけたらと思っています。また、今までの経験や知識をチャリティ活動にも還元していけるよう、仕事以外の活動も続けていきたいです。
大学卒業後、大手人材紹介会社に就職。治験関連企業にCRA(治験のプロジェクトマネージャー)として転職。同業界にて人事総務として転職、在職中にキャリアコンサルタントと社会保険労務士の資格を取得。現在は医師専門のコミュニティサイト運営会社にて人事労務の仕事に携わる。
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